東京高等裁判所 昭和52年(ネ)843号 判決
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控訴人 株式会社 循研
右訴訟代理人 百溪計助外二名
被控訴人 バクスター・トラベノール・ラポラタリーズインコーポレイテツド
被控訴人 トラベノール・ラボラタリーズソシエダ・アノニマ
右両名訴訟代理人 大場正成外一名
【説明】
一 控訴人の主張
「6 仮りに、控訴人製品1ないし3を製造販売する行為が本件特許権を侵害するとしても、次のとおり控訴人には過失がないので、控訴人は、被控訴人両名に損害を賠償すべき義務はない。
(1) 控訴人が控訴人製品1ないし3の製造販売を始めるに当り、通常まず注意すべきことは、日本国内の医療機具販売の分野において特許権等いわゆる工業所有権の実施にかかる製品が存在するかどうかの調査を挙げることができる。ところが、被控訴人両名は、本件特許権を日本国内で実施した形跡はないのであり、この点の調査につき控訴人に過失はない。
(2) 次に特許公報の調査についていえば、通常医療機具販売の分野では、特許製品があれば、程なく臨床例が公表されるなどコミユニケーシヨンが発達しており、多くの場合特許公報の調査をするまでもないのが実情である。控訴人代表者鵜野文夫は、控訴人が控訴人製品の製造を始めるに当り、万一、第三者から権利侵害等のそしりを受ければ企業の存立にもかかわることを考慮して、昭和四〇年一〇月一八日、控訴人製品と同一構成をとるシート型単式血液酸素化装置、シート型複式血液酸素化装置につき実用新案登録出願をした。鵜野文夫としては、もちろん右出願により実用新案登録がされれば、控訴人製品の製造販売につき法的保護が与えられる点も考慮に入れたが、それよりも、他に存在するかも知れない未知の特許権、実用新案権との対比判断を特許庁に求めるとの意図の方に重点を置いたのである。控訴人代表者のように特許法等に深い知識を有しない者が、特許公報を調査して、ある特許発明の技術的範囲を探究しようとしても、そのようなことは不可能に等しいのである。したがつて控訴人代表者は、出願にかかる実用新案が、他の権利を引用され、拒絶の査定を受けるような場合、控訴人製品をなお製造販売し続ける意図は毛頭なかつたのである。ところが、昭和四三年五月一六日右二件の実用新案は、それぞれ登録第八四七四四〇号、登録第八四七四四一号として実用新案登録がされ、何人からの無効審判の請求もされなかつたのであるから、控訴人は、控訴人製品の製造販売が他のいかなる権利をも侵害しないことを確信し、控訴人製品の製造販売をしてきたものである。したがつて、特許庁の判断を信頼して控訴人製品を製造販売してきた控訴人には何らの過失も存在しない。」
【判旨】
控訴人は、その侵害について控訴人に過失はない旨主張し、その事情を種々述べているが、控訴人主張のような事情があるからといつて、控訴人代表者において、特許公報の調査をしなくてもよいということにはならない。のみならず、<証拠>によれば、鵜野文夫は昭和三四年から昭和四二年一月控訴人会社が設立されるに至る頃まで、東京大学医学部の木本教授のもとで人工心肺(血液用酸素附加装置)の基礎研究をしていたことが認められ、その間、人工心肺に関する最新の医学資料に接する機会を有していたことが推認される。現に、控訴人代表者尋問の結果によれば、鵜野文夫は昭和四〇年頃、本件特許発明の特許公報(甲第二号証)を見ていることが認められるし、<証拠>には、本件特許発明の装置を使用した臨床結果の報告記事が載つており、控訴人代表者は、これらの資料にも眼を通していたことが推認される。そうである以上、控訴人代表者としては、控訴人が控訴人製品の製造、販売を始めるに当り、少なくともこれらの資料や公報を十分検討する必要があつたし、また、十分検討したならば控訴人製品が本件特許発明の技術範囲に属することを知りえたはずであると考えられる。したがつて、控訴人主張のような事情があるとしても、本件特許権の侵害について控訴人に過失があつたとの推定を覆し、控訴人の無過失を認めるに足りるものではなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(荒木秀一 石井敬二郎 橋本攻)